才人庁(才人廳)の主な踊り
李東安の生前の証言によると、才人庁に伝わる踊りの種類は三十種類を超えるということですが、ここでは才人庁舞踊の精髄と言える四種類の踊りをご紹介いたします。
1.太平舞
太平舞の由来
太平舞は、一般的には官衙や宮中で太平聖代を祈る儀式舞踊と見られています。学会では、太平舞の由来は、巫女が踊った祈福舞踊であったという説と、豊作の時にそれを祝福する意味で官家も宮殿で踊ったという説、宮中舞踊の一種という説、才人庁で派生したという説などがありますが、これらは口で伝えられているに過ぎず、確実な根拠を探すことは難しいようです。
今日伝えられている太平舞は、旧韓末の名舞であった韓成俊によって創案され伝えられているものと、才人庁の芸能人によって伝承されてきたものに分けられます。李東安の太平舞は、才人庁で伝承されてきたものです。
李東安の太平舞と足仮面を無形文化財として推薦、指定するために文化財委員として調査に参加したチョン・ビョンホは太平舞の形態と形式を根拠に宮中の呈才(宮中の宴で催された音楽や舞)であったという説は否定しています。しかし、才人庁系列の踊りは皆、伝承された歌舞楽の再解釈という特徴を持つことから見れば、太平舞には、巫楽長短の影響を受けた民俗的な要素だけでなく、ある程度呈才的雰囲気が宿っていると考えられます。
多様な長短(拍子・リズム)の影響で踊りの構成内容が多様で劇的な興味をそそるという点と、国の太平聖代を祈る呈才的要素が衣装と相俟って優雅で品格のあふれる動作を醸し出しているという点からもこのような影響を推察できます。
格調と品格の美しさ
太平舞はしばしば格調と品格の美しさが節度を持って表れている踊りであると言われています。それほど華麗ではないながらも、雲の上を歩くように波打ちながら、薄氷を踏むような軽やかな足どりは圧巻です。さらに、長い汗衫の裾を繰り広げて放ち、またかき集める腕の動作と、表情がないようにしながらも儀式を挙行する祭官のような威厳が宿った表情は節制の粋を加えています。
長短について見てみますと、オッチュンモリ長短では孤独な内面を形象化する繊細な動作、オルリムチェ長短では荘重で格調高い踊りが見られ、慶尚道オックッコリ長短で華麗で興に乗った雰囲気と一体になった神明の境地に至ります。
これは他の太平舞とは異なった李東安の太平舞だけが持つ主要な特徴で、二大民族舞踊の僧舞、サルプリチュムに劣らない劇的要素を備えています。同時に、一般民には婚礼の服にだけ着用することが許された官服を舞服に使うことによって光武台時期のように公演ごとに人気を集める、民衆の情緒に合った踊りであるという点もまた見過ごせません。
踊りの動作は多様ですが、長短から次の長短へ移る部分で派手に追い立てるように踊りを渡すという特徴があります。足の動作もやはり複雑で多様ですが、走るように踊る部分が多いです。さらに、手首にはめた汗衫を通して優雅で洗練された容姿を作り、一層格調高い粋をかもし出します。このために仮面劇でしばしば見る、回す動作と広げて放つ動作が多いことに加え、踊りが全体的に大きくてはっきりしていることと、両班の間で行われたホトゥンチュムと骨格が似ていることからも、この踊りが格式を重要視する踊りであることがわかります。
結局、太平舞の持つこれらの要素を総合してみれば、庶民の精神史が儒教的土台の上で連綿と続いてきたことを、呈才とは異なる角度から見ることもできるでしょう。
2.チンセチュム(チンセ舞)
チンセチュムと京畿トダンクッ
チンセチュムは洗練された民俗舞踊ではチンセ(小さなドラ)を持って踊る唯一の踊りですが、京畿道トダングッ(クッ:祭祀)にその類似性を見出すことができます。朴憲鳳による[京畿トダングッ]の調査報告書を見れば,‘チンセチュムは…現在トダングッやチェソックッで踊られており、長短はチンセ長短で…特徴は、両手を揺り動かして体を起こし、踊り始める瞬間に足を動かす’(無形文化財調査報告書第28号,1966.)とあります。ここで言うチンセ長短は李東安のものとは違うものですが、この報告書で興味深い点は、京畿巫楽とチンセ舞の類似性にあります。
実際に、才人庁伝来のチンセ舞長短と京畿巫楽長短はよく似ています。さらに興味深い点は、クッをする時使う巫具の種類は各地方で共通するものと地方独自ものがありますが、チンセチュムで使われる'ドラは水原地方だけで使われる'(チョン・ビョンホ,『巫楽』,文化財管理局文化財研究所,1987)という指摘があることから見て、京畿巫俗舞踊と密接な関係があるという事実がわかります。(訳注:水原は京畿道にある。)
しかし、チンセチュムに倣ってトボルリムチュムを踊ったという説も無視できないので、どちら側が先だと速断することはできません。ただし才人庁系列の踊りが伝来のほとんどすべての舞踊の類型を受け入れて再創造してきた特性を考慮すると、チンセ舞はやはり巫俗舞踊を創造的に受け入れた結果と見ることができます。
線の美と華麗さ
踊りの内容を見てみると、まず舞姿からして特異です。朝鮮朝の捕盗大将と同じ武官服姿(具軍服)にドラを持って踊ります。高位武官の戦笠から垂らした色房とドラのバチから垂らした五色紐が華麗さを演出していて、他の踊りに比べて闊達で細やかな細工が見られます。
ドラを持って直接長短を打ちながら踊るので、全般的に躍動感があふれるだけでなく、踊る人が自由自在に音幅と速度を調節できて、楽士と長短をやりとりしながら合わせていく特性により、多様で即興的に踊りを変形していくことができます。同時に、五色紐を利用して多様な動線で大きな太極模様を描き出し、体の動きが鮮明なところが秀逸です。足の動作もまた大きくて躍動的です。走る動作と足を上げる動作が多くて、農楽で感じられる軽快さとサンスェ(農楽で指揮をする人)が見せる多様な芸を味わえます。
これは君主の前で八道観察使が踊った、または上庁のマダン(宴庭)で村の郡守が踊ったという説と関係がなくはないようです。チンセ舞の由来はどうあれ、この踊りが持つ特性として、見る人の興をかきたてるマダンでは、華麗で状況によって変形が容易な踊りが必要だったのでしょう。これに伴い作られた踊りがチンセチュムだったのだろうと推察します。
主な長短は京畿巫楽長短で、長い間の練磨を経たことで独特の味を感じることができます。特に他のどこにもその音調を探せない‘チンセ長短’はこの踊りの個性を表す最も重要な要素です。そして長短の多様さと難解さによってこれを身につけることは難しく、長い間鍛錬しなければ踊ることはおろかドラを習得することも大変な踊りです。
長短の難しさは別にしても、この踊りは視覚的にも宮中舞踊と同じようなきらびやかさがあります。黄銅色のドラと色とりどりな房を長く垂らしたドラのバチ、清潔ながらも派手な舞服と多様な踊りで構成して描き出す線と色調の調和が逸品です。このように全般に流れる線の美しさは李東安の数多くの踊り中でもこの踊りで断然引き立って見えます。私たちの民族の美意識が線から始まって線に終わるという見解にぴったり合う踊りで、この踊りが表す線の恍惚の境地は、踊り手はもちろん観客も一緒に没我状況に至らせます。
3.シンカルデシン舞
才人庁舞踊の再創造
李東安の才人庁の踊り中で、このシンカルデシン舞だけは唯一、李東安の創作品と見なされる踊りです。そのように推定する理由は、李東安以外に誰もこの踊りを踊るのを見たことがないと誰もが証言しているということと、李東安の公演歴を調べても80年の踊り人生でほとんど後半期になってからこの踊りを踊ったという点を挙げられます。珍島シッギングッに紙銭チュムという踊りがあり、シンカルデシン舞とよく似ているので、この踊りが李東安によって磨かれたという説もあります。この両者にある呪術的な雰囲気は全く同じ性格を持つと見る向きもあります。
しかし重要な点は、この踊りが李東安の創作であるにしろ才人庁舞踊の系譜にあることは明らかで、才人庁舞踊の特性をそっくり反映しているという事実です。珍島シッギングッの紙銭チュムに霊感を得て純粋に李東安によって創作されたとしたら、この踊りはむしろ才人庁舞踊が進化していかなくてはならないことを李東安自らが示した見せた模範であると見ることができます。
恨とプリ(恨を解き放つ)の美学
シンカルデシン舞の服飾は男服と女服に分かれています。男服は冠と戦服姿に足袋を履きます。女服では白いチマ、チョゴリに腰紐を巻いて頭にも白布を付けて足袋を履きます。
手に持つシンカルは巫女が使う一般的なシンカル(神刀)とは全く違い、白い障子紙を切って長い竹の両端に房のようにゆらゆらとぶら下げたものです。巫歌でも時折このような形態のシンカルが見られるためなのか李東安はそれらと区別するために'オッチュンモリシンカルデシン舞'と呼びました。この名称は京畿巫俗長短の中のオッチュンモリ長短に合わせた踊りということから来ていますが、これは才人庁の踊りが京畿巫俗長短にその基盤を置いていることを明確に示しています。
女性の踊りでは、シンカルを両手に持って両腕を回して振り散らしたりぐるぐる回す姿は敬けんでもあって、喪服を着た女性が嗚咽を押し殺すように噛みしめた歯の間で毒気を感じているような独特な雰囲気をかもし出します。あたかもネリムグッをするようにシンカルで空の気を集め、足を踏むことによって地気を導き、踊り手の体で天地が合一する神異の体験をするが如くです。女性の細い身が遭遇した天地の渦の中で、シンカルと長短と踊りを一塊に集めて新しい秩序を作り出します。
最初のチュンモリ長短ですでに悲しみと恨を全身で解きほぐしていて、オッチュンモリ長短でシンカルを交錯するように回して抜く動作になると、あたかもシンカルにつき従って踊るように神妙に波打つひんやりとした感覚が冥土への道を固める娘の凄然さを感じさせます。サルプリ長短では、シンカルを風防けのように持って背中の後ろでひっくり返した後、前で交錯して静止させる姿は雑鬼の接近を十分に防ぎそうです。
速いクッコリ長短に移るとまったく別の雰囲気になります。走るよう動きながら、観客と無言の対話をするように華麗で洗練された踊りでこり固まった凝りを解きほぐしています。見ている人も緊張が解けてすがすがしく感じ、表情が明るくなります。これで死んだ父親は娘の引導によって冥福を享受するようになったのです。
この踊りは男舞伝統を受け継いできた李東安の踊りの中で最も女性らしい踊りで、我が国の女性が歴史的に耐えなければならなかった涙と恨をどのように昇華させてきたか、どのように芸術の形式に表してきたのかを見ることができます。シンカルデシン舞は一言で言えば、恨とプリの美学です。
4.基本舞
衣装は木綿のチョゴリとチマに髷をして足袋を履きます。それほど派手ではないですがこざっぱりした着こなしで、素朴で品があります。踊りの動作にも世の中の煩雑さから抜け出した礼節と規範が宿っています。
初めには足踏むことにだけ主眼を置き、両腕は後ろ手に組んでゆっくりとした長短に合わせて足動作をしていきます。前へ4拍、後に4拍ずつの四種類の動作を踊ったら、引き続き腕動作を付けてタリョンチュム、クッコリチュムの方式で進行します。単純な動作ながらも節度があって秩序整然としていて、踊れば踊るほど心が楽になり、面白味がある踊りです。踊りの一節一節は正確に分類されており、突然の動作の変化がありません。ある踊りが終われば次の踊りとあたかも話をやりとりするように続く動作はこの踊りだけの魅力です。また、東洋の山水画のように踊りの間に余白の美しさがあると同時に、躍動性も具えて互いに調和をなしていて、ずっと緊張感を失わないように構成されているという点も重要な特徴です。
タリョンチュムでは腕を水平に広げる動作と前に差し出す動作、両腕を入れ替える動作、回る動作、座る動作などがたくさん出てきます。クッコリチュムでは座る姿勢から始め、舞台正面を意識しないで前、後、側面と色々な方向を回りながら踊ります。両腕を上げる動作、腕を換える動作、愛の動作、八拍の動作、渡っていく動作など複雑ではない素朴な動作が多くて、華麗さはあまりないものの清潔な姿であり、舞踊の研究者の間で基本舞の中でも高い評価を受けています。
他の基本舞と比較しても、私たちの踊りの堅固な威厳を失わないで、その根幹をそのまま大切に保存していて並々ならぬ品格と固有の粋が生きている踊りです。才人庁がしっかりした基本技のもとに舞踊の伝統を伝承してきたことが伺えます。逆に言えば、伝統舞踊の特性を十分に消化した土台だけが作ることのできた踊りで、才人庁の踊り手達がいかに専門的であり創造的であったのかを推察できます。
要約すれば、端正な品格を失わないでいる点がこの踊りの美しさの要諦です。したがって単純に踊りの基本習得という次元を越えて、この踊りは、伝統舞踊の中に含まれた民族精神の悠々たる流れをそっくりそのまま保存し、私たちの民族の美意識に触れていると言っても言い過ぎではないでしょう。
資料提供:才人庁伝統舞踊伝承会 (韓国 果川市)
(翻訳の誤りがございましたらその責は竹田陽子に帰するものです。)