eビジネス時代の企業戦略
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター
専任講師 竹田 陽子
(Prepared forリスク・マネジメント2000年7月号)
eビジネスを「コンピュータ・ネットワークの利用により、モノ、サービス、情報、知識の伝達と交換を効率的・効果的におこない、新たな付加価値を生み出すこと」と広い範囲で捉えた場合、eビジネスには、社内・社外、既知・未知、営利・非営利のさまざまな活動が包含され、単一の成功モデルが存在することはありえない。本稿では、「何を」扱い、「誰と」と共に付加価値を生み出していくのかという点に注目して、eビジネスの発展の可能性を3つのセグメントに分けて捉え、それぞれについてビジネス・チャンスと成功・失敗要因、ビジネスの進化の方向性を考えてみたい。
ビジネス・モデルとは、取引の対象とされる/生み出されるモノやサービス(何を)、取引相手/共に一つのものを創り上げていく(=協働)相手(誰と)、付加価値を生み出す手段(どうやって)、利益を得る方法(収益構造)についてのデザインである。インターネットをはじめとする情報技術の進歩は、情報交換の効率を上げ、「どうやって」の可能性を広げることによって、「何を」、「誰と」、「収益構造」に変化を及ぼしている。図1は、「何を」「誰と」の軸で見ることによって、eビジネスには3つのセグメントがあることを示している。

図1の横軸は、取引や協働の対象となるモノやサービス、その取り扱い方を事前に厳密に取り決める程度である。つい最近までコンピュータやネットワークの情報処理能力は低く、コンピュータやネットワークで取り扱われる対象やその処理の方法がコード化され、定型化されていることが通常であった。ところが、近年、画像や音声、映像、設計データなどをやりとりする、いわゆるマルチメディアが広がってきた。インターネット上で手軽に使えるビデオ会議システムで打ち合わせを行ったり、開発途上の製品の3次元設計データを共有して共同開発をおこなったりすることがその例である。これらの技術は、人間の感覚に直接訴え、人間同士のコミュニケーションを媒介・支援する役割を果たすので、事前に厳密にルールを定めなくても、「何を」取引するのか/生み出すのかを柔軟に調整していくことができる。
図1の縦軸は、取引相手や一緒に付加価値を生み出していく組織や個人が新たに現れる可能性である。従来のコンピュータ・ネットワークはクローズドであったので、社内や特定の主体を結びつけるものがほとんどであり、取引・協働相手が新たに現れる可能性は低かった。しかし、インターネットの普及によって、企業、個人を問わない、国境を超えたオープンなネットワークが成立し、今までには不可能であった主体間で取引や協働が可能になったのである。
図1の左下が従来のコンピュータ・ネットワークを活用したビジネスの可能な範囲であったとすると、新しいビジネス・チャンスは、左上(“eコマース”の世界)、右下(“イントラネット・エクストラネット”の世界)、そして右上(”コミュニティ“の世界)に生まれている。
図1の左上では、コンピュータ・ネットワークが今までは出会えなかった主体同士を結びつけ、新たな市場を出現させている。いわゆるeコマースは、ほとんどこのセグメントに属する。
しかしながら、コンピュータ・ネットワークで結びついたからといって、いきなり取引が開始できるわけではない。相手が支払いや品質、納期といった面で信用できるのか、価格の決め方、取引手順の合意はできるのかといったさまざまな問題をクリアしなければならない。したがって、この世界での成功要因は、取引に最低限必要な機能が揃っていること、また、それを効率的に提供できることである。
図1の右下は、組織内や取引先などすでにあるつながりの中で、マルチメディアとネットワークを駆使してさらに密接で効果的なコミュニケーションをおこなう。いわゆるイントラネットやエクストラネット上で展開される多くの協働はこのセグメントに属する。
このセグメントにおいて気をつけなければならないことは、情報技術を介してコミュニケーションがおこなわれるとデジタル・データの履歴を残すことができるため、ついデータを体系的に蓄積することに注意が奪われる点である。過去のデータを活用すること自体は間違いではないのであるが、営業マンに毎日定型フォームで報告をさせて、ノウハウの蓄積を図ったものの、誰もそのデータを活用できないというような現象がよく見られる。
情報を蓄積することよりも、どのような情報の流れが生じることが望ましくて、そのために情報技術をどのように使えるかを考えなければならない。例えば、製品開発現場において、まるで試作品を見るように3次元設計データを参照することによって、さまざまな部署、企業からの意見を早めに得、開発期間を短縮し、より品質の高いものを作ろうとする動きなどは、その好例である。
図1の右上は、新旧のさまざまなつながりをつくりだしながら知的な付加価値創造をおこなっていこうとするもので、さまざまな主体と取引・協働ができ、かつ密接な調整ができるという意味で、前述の2つの長所を兼ね備えた到達点である。
同じ地域に住んでいる、子育て中である、同じ趣味を持っているといった共通項のある人がコミュニケーションをしたり、情報を共有する機能を持つことは、パソコン通信の時代からおこなわれてきたが、インターネットの普及によってさまざまな組み合わせでさまざまな活動をおこなうことがより容易になっており、単なるコミュニケーションや情報共有だけでなく、さらに一歩進んで、消費者が欲しいものを共同購買したり、メーカー側に提案したり、ソフトウェアなどはユーザー同士が協力して欲しいものを自ら作り出してしまうことも珍しくない。
このセグメントの特徴は、経済的なつながりだけでなく、社会的なつながりが生じやすいことである。ビジネスであっても非営利的な活動と少なからず融合している場合が多い。消費者がメーカーの生産する製品をより良いものにしようとして意見を述べる、自ら使いやすいソフトウェアを開発することで社会的な評価を得ようとするなど、非営利的な動機に基づく活動が見られる。このセグメントでビジネスをおこなう場合には、これらの社会的なつながりが生み出す価値を損なわず、いかに共存していくかが最も難しい課題となる。
例えば、電子掲示板やメーリング・リストにおいてユーザー同士が意見を述べ合っている様子をモニターすることは、企業の開発担当者にとって、時として多額の費用をかけておこなう市場調査より価値のある情報源になるが、ユーザーがいつも企業にとってプラスになる行動をする保証はない。製品に不具合が生じた場合など悪い評判もすばやく伝わるのがネットワークである。ネットワーク上に企業のイメージを下げるような動きがあらわれた場合、無理に隠蔽しようとしたり、コントロールをしようと試みるよりも、真摯にすばやい対応をとることで、かえって企業イメージを上げることを考えたほうが得策である。
上述の3つの世界は明確な線が引けるわけではないが、大きな方向性としては、 “eコマース”も“イントラネット・エクストラネット”も、“コミュニティ”の世界に進化していく傾向が見られる。集客やマーケティングのため、eコマース・サイトにコミュニティ機能を付加することはよくおこなわれている。イントラネット、エクストラネットの世界も、既存の関係を超えて、さらに広い結びつきを得ようとするようになるだろう。
非常に乱暴に言ってしまえば、米国中心に隆盛しているeコマースは、新しい大地にさまざまな国の出身者が住み着いて町を建設していくという、米国がかつておこなってきたことを繰り返していると言える。最初はライフラインや治安維持など必要最低限の機能を揃えることに注力しなければならないが、徐々に成熟したコミュニティが成立していくであろう。
日本について考えてみれば、eコマースの世界で重要になる、誰にでもわかる明示的なルールを上手にデザインすることが得意であるとはいえない。その一方で、特定の関係性の中でより精緻に調整していくことには伝統的に長けている。日本の製造業は、まさにこの調整能力で世界を席捲したのである。情報技術の利用によってこの強みをさらに強化し、日本発の独創的なeビジネスのモデルをつくり出していくことが望まれる。
日本企業にとっては、まず、特定の相手とのコミュニケーションを深めてより付加価値の高いもの作り出していく“イントラネット・エクストラネット”の世界を充実させ、さらにより多様な関係を求めていく“コミュニティ”の世界に進んでいくという経路の方が自然であるかもしれない。

以上