モバイル

竹田 陽子

 

『情報システムと情報技術辞典』培風館(2002年刊行予定)

収録予定草稿

 

1. モバイル・コミュニケーションの特性

 

モバイルは元来、どこでもワープロや表計算が使えるといった移動可能な情報処理装置という意味と、携帯電話などコミュニケーションの起終点が特定の場所に固定されないネットワークという意味に分かれて使われていたが、無線によるインターネット・アクセスが普及するにつれて、両者は融合されてきた。ここでは、データ通信を前提としたモバイル・コミュニケーションを中心にして、その特性を考えてみたい。

 

a. ユーザーと端末(或いはネットワーク上のアイデンティティ)の共移動性

モバイル・コミュニケーション技術の代表的な特性は、端末がユーザーとともに移動することである。この特性から派生して、次のような側面があらわれてくる。

第一は、ユーザーと常に共にあってその情報処理を助ける側面である。パソコンの小型軽量化やPDA(Personal Digital Assistance)の開発は、当初は、スケジュール管理や簡単な文書作成、表計算などユーザーの情報処理を支援することを目的にしていた。両手を自由にして装着でき、センサーなどを兼ね備えたウェアブル・コンピュータはその究極である。

二に、ユーザーのいる場所を通信相手や接続先のコンピュータに認識させる側面がある。この側面を技術的に強化した例としては、衛星を利用したGPS(Global Positioning System)PHS(Personal Handyphone System)による利用者の位置探索がある。また、ユーザーの現在位置に合わせて地図や店舗の情報などを配信する携帯ネットワークのサービスもこの特性を生かしたものであろう。

一方、ユーザーのいる場所を通信相手に認識させないという側面もある。固定電話であるならば、通信相手が自宅にいるのかオフィスにいるのかを認識しながらコミュニケーションできたが、携帯電話では相手がそれを伝えない限りわからない。

第三に、携帯電話のデザインや着信メロディー、待ち受け画面に見られるように、端末を常に持ち歩くことから、衣服や車と同様に人に見せて自己表現するファッション性が追及されるという側面も見逃せない。

また、端末でさえもユーザーと一緒に動く必要がない技術も開発されている。ユーザーが自らのアイデンティティとなるICカード等を持ち運び出先にある端末に接続して通信するモデルである。この場合、ユーザーが共に移動するのは、ユーザーのネットワーク上のアイデンティティのみである。

b. 必要なときにアクセスする・常につながっている

電話のように同時双方向性が必要とされるメディアに比べ、パソコン・ベースのネットワーク(以下、PCネットワーク)上で電子メールやWebを利用するときの重要な特性はユーザーが必要なときにアクセスできることであった。この特性は、モバイル端末を通じたメールやWebの利用にも受け継がれている

 

一方で、ユーザーが端末を常にスイッチ・オンの状態で持ち歩き、メールの着信等をリアルタイムに知らせることができるモバイル・コミュニケーションは、回線が常に確保されているわけではないが実質の常時接続であり、特定場所の端末の前にいる必要がないという意味では、PCネットワークよりもはるかに強力に通信相手と常につながっている状態をつくり出すことができる。ポケット・ベルはその代表的な例であった。また、PCによるメールに比べて携帯メールは必要なときにアクセスするものというよりも、常に相手とつながっている道具としての側面が強い。若者世代では仲間内で常に携帯メールをやりとりし、即答しなければ顰蹙を買うという現象まで見られる。天気予報など予め登録した情報をメールでプッシュするサービスもこの特性を利用したものである。

 

c. 通信相手の未知・既知

モバイル・コミュニケーションによって既に知っている相手と結びつくか、未知の相手に結びつくかも両方のケースがありうる。メールのやりとりだけで実際に会うことがないメル友や見知らぬ男女の出会いのマッチングをおこなうサイトは、通信相手が未知である顕著な例である。しかし、全体としてはPCネットワークよりも既知の通信相手にアクセスする傾向が強い。モバイル端末は個人が所有し持ち歩くことが多いためパーソナルな性質を持ち、また、未知の相手を探索するに足る情報量を確保するためには出入力の制約がボトルネックになるからであろう。

 

2. モバイル・ビジネス

 

a. ネットワーク・サービス

モバイル・コミュニケーションのインフラストラクチャとなるネットワークは、ネットワーク側でさまざまな付加サービスをおこなうものと、ネットワーク側ではほとんど付加機能をもたず、端末に依存するものに分かれる。前者は周波数帯の使用に免許が必要な場合が多く、携帯電話、PHS、衛星通信などがある。後者は、周波数帯の使用がフリーになっているものが多く、機器間通信のオープン規格であるBlue Tooth、無線LAN(Local Area Network)などが挙げられる。

 

モバイル・コミュニケーションの大規模な普及の主役になった携帯電話による音声通信とデータ通信のネットワーク(以下、携帯ネットワーク)は、ネットワーク側に付加価値を持たせるパターンである。携帯ネットワークは、ネットワーク・サービスをおこなう事業者と端末の開発・製造をおこなう端末メーカー、コンテンツ・サービスを供給する事業者、および流通業者によってサービスが提供される。日本の携帯ネットワーク産業の特徴は、ネットワーク・サービスを受け持つ携帯ネットワーク事業者が留守番電話サービス、メールといった本来端末側に機能を持たせることも可能なサービスを提供し、かつ、通信の標準策定から端末のスペックの決定、流通経路、販売価格、コンテンツ・サービスの選定、モバイル・コマースの代金回収機能に至るまで強い影響力を持ってきたことにある。このことが、未成熟な市場と激しい技術変化に上手く適合して急激な普及に結びついたといって良い。携帯ネットワーク事業者間の競争激化により、携帯端末メーカーやコンテンツ・ビジネスを一層囲い込もうとする動きも見られる。しかし、携帯ネットワークが普及するにつれ、より多様なニーズに応えるために端末メーカーやコンテンツ・ビジネスとの独立性が高まる方向に進む可能性もある。また、無線LANのようにネットワーク・サービス提供者によるコントロールが少ない技術との間の競争もおこってくるであろう。

 

b. 端末

モバイル・コミュニケーションは端末にどの程度の情報処理能力を持たせるかにおいて、デスクトップ・パソコンと変わらない小型パソコンから、中間型のPDA、カー・ナビゲーション、携帯電話、端末側がほとんど情報処理能力を持たないガス・電気・水道メーターや自動販売機用のセンサーまで多様である。

 

特に注目されるのは、中間型である携帯電話端末の進化の方向性である。携帯電話端末には情報処理能力と画面や入力ボタン、スピーカーなどの入出力インターフェースの制約があるが、単にこれを大型化・高機能化するだけではパソコンと変わらず、ユーザーと端末の共移動性が損なわれることになる。むしろ、必要なアプリケーションを都度ネットワークから調達するJAVAの採用などの技術解決をおこないつつ、ファッション性の追求やユーザーに対する機動的なコンテンツ・サービスなど、パソコンやPDAとは異なった特性を生かす方向に進化するかもしれない。

 

c. コンテンツ・サービス

PCネットワーク上とは異なった独自の発展を遂げている携帯ネットワークのコンテンツ・サービスには、物販や株式取引、予約などの取引型、ゲームやニュース、画像、音楽などの有料情報提供型、および無料・非営利サイトがある。

 

携帯ネットワーク上のコンテンツ・サービスをPCネットワーク上と比べた場合の際立った特徴は、取引や情報提供の有料サイトのほとんどが携帯ネットワーク事業者のおこなっている代金回収サービスに頼っていることである。携帯ネットワーク事業者による代金回収サービスは、携帯ネットワーク事業者が提供機能に支配力を持っているために実現した機能であり、PCネットワーク上よりも代金不払いや詐欺、クレジットカード番号漏洩等のサービス提供側、ユーザー双方にとってのリスクが少なくなるというメリットがある。一方で、携帯ネットワーク事業者が認定したサイトでなければこのような機能を利用できず、認定の資格基準が厳しい、審査に時間がかかるという問題を抱えている。携帯ネットワーク事業者による代金回収のみに頼る構図となると、PCネットワーク上に比べて、さまざまな業者による自由な競争が阻害される可能性がある。

 

携帯ネットワーク上の取引はPCネットワーク上の取引に比較すれば画面の大きさや操作性の制約があるが、必ずしもその潜在市場規模がPCネットワークを下回るとは限らない。第一に、携帯ネットワークはパソコンよりもはるかに幅広い世代にわたって普及しており、大衆市場としての要件を備えている。第二に、サービスの形態によっては、モバイルのほうが適している場合がある。例えば、ユーザーの登録した銘柄の株価情報をリアルタイムで知らせることによって、ユーザーが有利なタイミングで株式の売買注文をおこなうことができるようにするなど、ユーザーが必要な時、必要な場所で適切なコンテンツを押し出していくサービスはモバイルならではである。第三に、カタログや実店舗の展示を見ながら注文・決済だけを携帯ネットワークでおこなう、携帯画面上からボタン一つで問い合わせの電話をかけることで不足する情報を補うなど、既存のメディアや実店舗と連動させるビジネスの可能性は大きい。

 

PCネットワーク上と同じく、携帯ネットワーク上にも無料のサイトが数多く存在する。第一のパターンは、営利目的の企業等によるもので、広報等のために無料の情報を提供する型とサービスを提供した上で広告収入によって成り立とうとする型がある。キャンペーン情報を絞り込んだユーザーに適当なタイミング・場所で送ることによって実店舗での購買に誘い込むなど、モバイル・コミュニケーションの特性を生かしながら実店舗や他のコミュニケーション手段との組み合わせで効果的なビジネス・モデルを設計できる可能性がある。広告で収益を得るモデルに関しては未知数であるが、携帯ネットワーク上の広告に対する反応率はPCネットワーク上より高いと言われている。

 

第二は、個人や行政・教育機関などが非営利目的で情報提供やコミュニケーションの場を提供するパターンである。 個人や非営利団体にとって負担になっていた印刷費や郵送費等の変動コストを低く抑えることができ、かつ、端末の普及率が極めて高いという意味で、携帯ネットワークの利用価値が高い分野である。

 

3. 利用者に与えるインパクト

 

a. 一般ユーザー

ユーザーと端末が共に動くという特性は、ユーザーの現在位置をコミュニケーションの相手に知らせるという側面とユーザーとその現在位置を無関係にするという側面をもたらすが、この両者が人々の行動パターンに影響をもたらしている。携帯ネットワークが普及してから、若者世代では、持ち合わせ場所を特定せずに現地に赴き、連絡をとり合いながらお互いを見つけるということがおこなわれるようになったが、これは、ユーザーの現在位置を相手に知らせる側面であろう。一方、電車の中での携帯電話の使用がマナー上問題になるのは、従来は異なる空間でおこなわれていた活動が場所に関係なく可能になったことによる。

 

モバイル・コミュニケーションによってユーザーが通信相手に常につながっているという現象も大きな影響をもたらしている。特に若者世代では、友人関係は携帯ネットワークの利用なくしては成り立たないまでになってきた。モバイル・コミュニケーションの普及は、未知の相手との出会いも生み出すが、それ以上に日常顔をつきあわせている相手とのコミュニケーションを強化する働きを持っている。

 

上記は生活への影響がもっとも激しい若者層についての記述であるが、モバイル・コミュニケーションの利用は、ユーザーの年代や性別、あるいは国によって大きな違いがあると言われている。今後、詳細な観察が必要であろう。

 

b. ビジネス・ユーザー

モバイルがユーザーとともに端末が動き、常につながっている状態を生み出すことは、第一に、社員・従業員が社外にいてもモバイル端末からイントラネットと接続しさまざまなデータをリアルタイムに交換する、位置情報システムによって人員配置の管理をおこなうなど業務の効率化に役立てることができる。

 

第二に、ビジネスとプライベートの境目があいまいになる傾向をもたらす。従来は、オフィスから帰宅すればプライベートの時間であったのが、24時間追われることになったり、反対に、仕事中にプライベートのコミュニケーションをおこなう機会が増える現象が見られる。

 

社員・従業員に知的な創造力を要求されるようになっている現在、プライベートとビジネスの時間を分けた上で、ビジネスの時間のすべてをひとつの企業の業務に専念する形態がゆらぎはじめている。モバイル・コミュニケーションは、社員・従業員が社外に多くのネットワークを持ち、家庭や趣味の世界からも発想の源を得る機会を提供する技術となりうる。

以上